前回の記事で,旅行に関係する法令を大きく3分類しましたが,今回から数十回にわたって,③旅行業に関する法令について取り上げたいと思います。
今回は,その基本となる法律である「旅行業法」の全体像がどうなっているのかについて勉強します。
旅行業法の沿革
旅行業法がどのような法律なのかを理解するにあたっては,旅行業法制定までの経過を把握しておくことが有用ですので,まずは旅行業法の沿革を概観します。
旅行あっ旋業法の制定
我が国では,終戦後,国民経済の復興とともに,外客来訪数の増加や邦人の国内旅行が増加していきました。それにあわせるように,旅行あっ旋業者も急激に増加していきましたが,その中には,旅行費用の詐取,宿泊交通費の着服,外客に対するあっ旋の強要といったことを行う悪質業者も少なくありませんでした。ひどいものでは,学校の修学旅行の団体から企画,案内,あっ旋等を頼まれた業者が預かった金を全部持ち逃げしたということもあったそうです。
このような状況に鑑みて,国内旅行の健全化の阻害,国際観光事業,国際親善,友好関係に悪影響を及ぼす悪質業者を取り締まる必要が生じました。そこで,悪質業者の取締りと業者の指導監督による旅行あっ旋業の健全な育成を目的として制定されたのが,旅行業法の前身となる「旅行あっ旋業法」という法律です*1。
同法では,旅行あっ旋業者の登録制度を整備するとともに,特に問題が多かった旅行あっ旋料について届出をさせて著しく高い料金や料率は変更を命じることができるといったことが規定されていました。それまでは,強制力のない行政指導でしか対応することができなかったのが,同法が制定されたことによって,根拠をもって取り締まることができるようになりました。
このように,悪質業者から旅行者の利益を守るというのが,旅行あっ旋業法の目標だったわけです。
旅行あっ旋業法の抜本的改正から旅行業法へ
旅行あっ旋業法が制定された当時は,業者は,旅行者の依頼を受けて宿泊部屋の予約をとるといったあっ旋業を行うことが中心でした。しかし,その後,国民の生活水準の向上と余暇時間の増大等による内外旅行需要の急出な増加が生じ,これに伴い,旅行の形態が,主催旅行やパッケージツアーといったものに変わっていきました。業者が,旅行者と宿泊施設や輸送機関との間を取り持つ従属的な役割からディベロッパー的な主体的な性格を持つようになってきていたわけです。そうすると,単に旅行あっ旋業という概念で,このような形態の旅行を企画主催する業者を規制するのは,実情から見て適当ではないということが指摘されるようになりました*2。適切な規制ができないことは,結果的に旅行者の保護が十分なものではなくなることを意味します。また,海外の立法で「旅行あっ旋業」という言葉を使っている例はあまりなく,「旅行業」という言葉の方が主流だったようです。
そこで,このような旅行形態の変化にあわせて,業者の取引の公正を確保し,その業務の運営の適正化をはかることにより,旅行者の保護とその利便の増進に資するため,旅行あっ旋業法を改正し,「旅行業法」に改めました*3。
ここで定められた旅行業法は,①旅行あっ旋業法に引き続き登録制度の実施を行うが,その種別を,一般旅行業,国内旅行業,旅行業代理店業の3種類に区別した点,②取引態様の明示,旅行サービスの内容の説明,書面の交付等の義務を旅行業者に課した点,③営業所ごとに旅行業務取扱主任者を選任させる点,④旅行者等からの苦情の解決,旅行業者と取引をした相手方の有する債権を弁済するなどの業務を行う団体(旅行業協会)を創設した点に特徴があります。
旅行業法のこれらの規定は,やはり,旅行者の利益保護の実効性を高めるために規定されたものであり,旅行あっ旋業法以来の旅行者の利益保護という目標は変わっていません。
その後の旅行業法の改正
旅行業法への全面改正後も,業界の変化に合わせて,都度,旅行業法の改正が行われています。
例えば,最近では,平成28年に発生した軽井沢スキーバス転落事故が記憶に新しいところと思われます。この事故では,旅行業者からランドオペレーターを介して,貸切バス事業者に対して下限割れ運賃での運送の手配が行われていたところ,当時の旅行業法ではランドオペレーターを規制対象外としていたため,同ランドオペレーターに対する処分が行われませんでした。このような事態を受けて,平成29年に旅行業法が改正され,「旅行サービス手配業」という業種を追加し登録制を創設するとともに,下限割れ運賃による貸切バス手配を禁止行為として法令上明示することとされました*4。
各改正の詳しい内容は,関係する各論の項目で触れることとしますが,ここでの改正も,旅行業法の目標自体を変更ものではありませんでした。
旅行業法の狙い
旅行業法の目的と手段
以上のような経緯で制定された旅行業法は,お分かりのように,大きな目標として,消費者である旅行者の利益を保護するというものがありますが,改めてどのような目的の下に制定された法律なのかを確認します。法律の多くは,第1条にその法律の目的が書かれています(民法のような古くからある法律には目的規定がないこともあります。)。旅行業法1条には,以下のように記されています。
(目的)
第一条 この法律は、旅行業等を営む者について登録制度を実施し、あわせて旅行業等を営む者の業務の適正な運営を確保するとともに、その組織する団体の適正な活動を促進することにより、旅行業務に関する取引の公正の維持、旅行の安全の確保及び旅行者の利便の増進を図ることを目的とする。
長い一文ですが,この条文の結論は「旅行業務に関する取引の公正の維持、旅行の安全の確保及び旅行者の利便の増進を図ることを目的とする」という部分です。つまり,①旅行業務に関する取引の公正の維持,②旅行の安全の確保,③旅行者の利便の増進という3つの目的があるということです。これら3つは,互いに独立したものというよりは,これらが合わさって,先ほどまで述べていた,旅行業法の大きな目標である旅行者の利益保護を実現するという関係にあります。
そして,これらの目的を達成するために旅行業法が想定している手段が,その前の部分に,「旅行業等を営む者について登録制度を実施し、あわせて旅行業等を営む者の業務の適正な運営を確保するとともに、その組織する団体の適正な活動を促進すること」と示されています。つまり,ⓐ旅行業等を営む者について登録制度を実施,ⓑ旅行業等を営む者の業務の適正な運営を確保,ⓒその〔旅行業等を営む者の〕組織する団体の適正な活動を促進という3つが目的達成のための手段ということになります(以上につき【図2-1】も参照)。
法1条に目的が書かれていることは,旅行業法の理念を示すだけにとどまらず,旅行業法に定められた様々な条文や契約内容の解釈をする上でも重要な指針となります。例えば,法1条に「旅行の安全の確保を図る」と書かれていることは,旅行者と旅行業者との間で締結される契約において,旅行業者が旅行中に旅行者の安全を確保すべき義務が含まれていることを導くための1つの根拠になり得ます*5。目的規定を理解しておくことは,旅行業法全体を理解する上で必要不可欠でしょう。
手段の具体的内容
上にみたように,旅行業法は,3つの目的を達成するために,3つの手段を用意しています。では,それぞれの手段として,具体的にはどのような手続を踏むことを要求しているのか,詳しくは各論に譲ることとして,簡単に確認します。
ⓐ旅行業等を営む者について登録制度を実施
旅行業法では,旅行業等を営むにあたっては,まず観光庁長官が行う登録を受けなければならないこととされています(法3条)。「登録」とは,一定の法律事実又は法律関係を行政庁等に備える公簿に記載することをいいます*6。
旅行業等は,第一種旅行業,第二種旅行業,第三種旅行業,旅行業者代理業,旅行サービス手配業に区分されており,それぞれの業者の行う業務内容に応じて登録種別の区分も異なります。
ここでは,法6条に規定された登録拒否事由があるかどうかをチェックし,該当事由がある場合には登録を行わないということで,旅行業に参入することができる業者に一定の絞りをかけています。つまり,類型的に旅行者の利益を害し得るような者は排除することによって,旅行者の利益を守る仕組みとなっているのです。
旅行業法にいう登録は,その性格から覊束裁量行為であると考えられています*7。
ⓑ旅行業等を営む者の業務の適正な運営を確保
旅行業者等の業務運営がいい加減では,旅行者の利益が保護されません。そこで,旅行業法では,旅行業者等の業務が適正に運営されるよう諸規定を置いています。
例えば,契約締結時に取引条件について旅行者に説明しなければならないこと(法12条の4),旅行業者は旅行者に対しサービスの内容等を記載した書面を交付しなければならないこと(法12条の5)といった旅行業者の義務のほか,旅行業者等は名義を他人に利用させることを禁止する(法14条),観光庁長官が旅行業者等に対して業務改善命令を出すことができる(法18条の3)といった制度が挙げられます。
ⓒその組織する団体の適正な活動を促進
旅行業等を営む者の組織する団体は,旅行業法では,「旅行業協会」として規定されています。旅行業協会は,観光庁長官によって指定される団体ですが(法41条),現在我が国で指定を受けた旅行業協会は,全国旅行業協会(ANTA)と日本旅行業協会(JATA)の2つのみです。
旅行業協会は,①旅行者・旅行に関するサービスを提供する者からの苦情の解決,②旅行業務等に従事する者の研修,③旅行業者等と取引をした旅行者に生じた債権の弁済,④旅行業者等・旅行サービス手配業者に対する指導,⑤旅行業等・旅行サービス手配業の健全な発展を図るための調査・研究・広報といった業務を行います(法42条)。①や③の業務が旅行者の利益につながることは分かりやすいですが,②④⑤の業務も旅行業者等の業務が改善されることによって旅行者に不利益となる活動が未然に防止され,結果的に旅行者の利益となります。
旅行業協会は,旅行者の利益の保護を目的として組織された団体ですが,その構成員は旅行業者等ですから,旅行業者と旅行者が対立する場面で,旅行業者に有利な判断をしてしまうおそれもあります。そこで,観光庁長官が旅行業協会を監督・命令することができ(法59条),場合によっては旅行業協会の指定を取り消すことができることとされ(法60条),旅行者を保護するための公正な判断がされるよう担保される仕組みになっています*8。
旅行業法の全体の構造
上記のように,旅行業法には,旅行者の利益を保護するという大きな目標のもとに,様々な手続が規定されています。そこで,どの手続が,旅行業法のだいたいどこらへんに書いてあるのかというのを最後に確認しておきたいと思います。
あらゆる法令の冒頭には,その法令の構成を示す「目次」が書かれていることが多いです。法令の全体像を大まかに把握するときには,この目次を確認することが肝心です。旅行業法の目次は下記のようになっています。
目次
第一章 総則(第一条・第二条)
第二章 旅行業等
第一節 旅行業及び旅行業者代理業(第三条-第二十二条)
第二節 旅行サービス手配業(第二十三条-第四十条)
第三章 旅行業協会(第四十一条-第六十三条)
第四章 雑則(第六十四条-第七十三条)
第五章 罰則(第七十四条-第八十三条)
附則
旅行業法は全部で5つの章立てになっています。
第1章は「総則」とありますが,これは旅行業法全体を通していえること,つまり旅行業法の核となることが書かれています。第1条は既に触れた旅行業法の目的が書かれており,第2条にはどのようなものが「旅行業」にあたるのかといった定義規定が置かれています。
第2章は「旅行業等」とあり,「旅行業及び旅行業者代理業」と「旅行サービス手配業」の2つに分かれています。ここでは,上に見た登録手続や営業保証金,旅行業務取扱管理者の選任といった手続のほとんどが,業種ごとに規定されています。手続の書かれている順番は,概ね時系列に沿っており,登録制度から始まり,営業保証金,旅行業務取扱管理者の選任,料金の明示・・・という順になっています。
第3章は「旅行業協会」とあり,上に見た旅行業協会の業務内容やそれを実践する手続,旅行業協会に対する監督命令の方法等が規定されています。
第4章は「雑則」とあり,上に規定したこと以外の細かい事項(例えば,意見聴取や立入検査の手続についての規定)が定められています。
第5章は「罰則」とあり,旅行業法に定める手続のうち一定のものについては,それに違反すると罰則が科せられることが規定されています。刑罰は,法律上に明記されていなければ科すことができないため(罪刑法定主義),どのような旅行業法上の手続違反のときにどのような刑罰を科すのかが細かく定められています。
旅行業法上重要となる手続については,そのほとんどが第2章に定められているため,手続の根拠条文を見つけ出すにあたっては,第2章の関係する業種の項目をまずは探してみるといいでしょう。
第2回のまとめ
今回は,旅行業法の制定経緯を踏まえて,旅行業法が旅行者の保護を大きな目的としていることを理解してもらえればよかったと思います。次回以降は,旅行業法のさらに詳細,各論に入ります。
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