※令和5年8月30日更新:令和3年12月22日から令和4年9月13日までの裁判例を15件追加しました。
はじめに
自動車が絡む交通事故では、車両に損傷が生じる場合がほとんどですが、この事故に起因して修理によっても技術上の限界等から機能や外観に回復できない欠陥が残る場合(これを「技術上の評価損」などといいます。)や、そのような欠陥が残らずとも、事故歴があるという理由で当該車両の交換価値が下落する場合(これを「取引上の評価損」などといいます。)が考えられます。
技術上の評価損については、加害者に賠償責任が生じることに争いはほぼ見られませんが、取引上の評価損については、従来からこれを損害として認めるべきか否かの議論があります。もっとも、現在の裁判実務では、取引上の評価損についても、当該車両の初度登録からの期間、走行距離、損傷の部位、車種等を考慮して損害を認めるケースも存在します。この点についての詳細な解説は、いわゆる赤い本2002年度295頁以下の影浦直人裁判官「評価損をめぐる問題点」にてまとめられているところですが、この講演録で取り上げられている裁判例が若干古いものとなってきていることから、この記事では、最近の裁判例(令和に入ってからのもの)で取引上の評価損が問題となった43件をまとめました。
- はじめに
- 修理費の40%程度を認めた裁判例
- 修理費の30%程度を認めた裁判例
- 修理費の25%程度を認めた裁判例
- 修理費の20%程度を認めた裁判例
- 修理費の15%程度を認めた裁判例
- 修理費の10%程度を認めた裁判例
- 修理費の5%以下を認めた裁判例
- 取引上の評価損を認めなかった裁判例
- ㉕東京地判令和元年6月12日交民52巻3号702頁
- ㉖名古屋地判令和元年10月17日判例集未掲載
- ㉗大阪地判令和2年1月30日判例集未掲載
- ㉘さいたま地判令和2年2月26日自保2074号102頁
- ㉙名古屋地判令和2年5月27日判例集未掲載
- ㉚大阪地判令和2年8月25日交民53巻4号995頁
- ㉛大阪地判令和2年10月23日判例集未掲載
- ㉜東京地判令和3年3月17日判例集未掲載
- ㉝東京地判令和3年3月22日自保2100号175頁
- ㉞東京地判令和3年3月24日判例集未掲載
- ㉟東京地判令和3年3月29日判例集未掲載
- ㊱東京地判令和3年4月16日判例集未掲載
- ㊲東京地判令和4年1月27日2022WLJPCA01278020
- ㊳東京地判令和4年3月4日2022WLJPCA03048009
- ㊴名古屋地判令和4年3月30日2022WLJPCA03308026
- ㊵名古屋地判令和4年6月3日2022WLJPCA06038001
- ㊶東京地判令和4年7月22日2022WLJPCA07228004
- ㊷名古屋地判令和4年8月9日2022WLJPCA08098003
- ㊸大阪地判令和4年9月13日2022WLJPCA09138001
- 若干の考察
修理費の40%程度を認めた裁判例
修理費の30%程度を認めた裁判例
②名古屋地判令和2年2月7日判例集未掲載
- 車種 ベンツS560ロング
- 損傷箇所 右リアドア、右リアフェンダー、リアバンパー、リアアクスル等損傷
- 登録後 7月
- 走行距離 8470km
- 修理費 435万0330円
- 評価損 130万5099円
③大阪地判令和2年11月24日判例集未掲載
- 車種 レクサスLC500S
- 損傷箇所 Rrパンパカバー・ナンバープレートリヤ・リヤディフューザTRD交換、ボディーコート再施工、左右Rrコンビネーションランプ脱着、ロアバックパネルASSY修理等
- 登録後 1月
- 走行距離 863km
- 修理費 47万5000円
- 評価損 14万2500円
④東京地判令和2年11月24日判例集未掲載
- 車種 日産GT-R
- 損傷箇所 右側部損傷、フロントピラー等修理
- 登録後 1年2月
- 走行距離 6529km
- 修理費 163万1329円
- 評価損 48万9398円
修理費の25%程度を認めた裁判例
⑦大阪地判令和元年10月17日判例集未掲載
- 車種 ポルシェカイエンGTS TIP
- 損傷箇所 ホイールアーチ・バンパーの擦過痕等
- 登録後 2年10月
- 走行距離 1万9494km
- 修理費 40万9752円
- 評価損 10万円
修理費の20%程度を認めた裁判例
⑨大阪地判令和元年12月19日判例集未掲載
- 車種 ベンツ
- 損傷箇所 リアバンパーの擦過傷、左リアマフラーの押込み、トランクから右クォーターの立付狂い(チリ狂い)、トランクパネルの沈込み等
- 登録後 3年
- 走行距離 3万3712km
- 修理費 129万9726円
- 評価損 26万円
⑩名古屋地判令和3年12月24日自保2118号127頁
- 車種 三菱アウトランダーPHEV
- 損傷箇所 リアバンパーの取替えやテールゲートパネルの取替え等
- 登録後 5日
- 走行距離 200km未満
- 修理費 40万1328円
- 評価損 8万0266円
⑪大阪地判令和4年2月25日交民55巻1号226頁
車両①
- 車種 メルセデス・ベンツ・Cクラス
- 損傷箇所 不明
- 登録後 1年3月
- 走行距離 1万5007km
- 修理費 53万4384円
- 評価損 10万6876円
車両②
- 車種 メルセデス・ベンツ AMG GLE63S
- 損傷箇所 不明
- 登録後 3年6月
- 走行距離 4万9664km
- 修理費 173万7849円
- 評価損 34万7569円
⑫大阪地判令和4年2月25日交民55巻1号240頁
- 車種 メルセデス・ベンツ
- 損傷箇所 左前部が大きく損傷
- 登録後 7月
- 走行距離 不明
- 修理費 257万9995円
- 評価損 51万5999円
⑬東京地判令和4年3月28日2022WLJPCA03288024
- 車種 メルセデスベンツGLE43AMG
- 損傷箇所 リアバンパ
- 登録後 3月
- 走行距離 680km
- 修理費 115万6431円
- 評価損 23万1286円
修理費の15%程度を認めた裁判例
修理費の10%程度を認めた裁判例
⑯東京地判令和元年7月19日判例集未掲載
- 車種 ポルシェG2H40Aパナメーラターボ
- 損傷箇所 左フロントドア・リアドアの広い範囲で軽度の凹み損傷
- 登録後 3月
- 走行距離 2346km
- 修理費 107万5356円
- 評価損 10万7535円
⑰大阪地判令和元年11月15日判例集未掲載
- 車種 BMW640iグランクーペ
- 損傷箇所 リアバンパー・トランクリッド等の軽度損傷
- 登録後 3年
- 走行距離 3万5458km
- 修理費 55万4090円
- 評価損 5万円
⑱東京地判令和3年10月12日判例集未掲載
- 車種 ベンツCクラス
- 損傷箇所 フロントドアパネル等
- 登録後 3年
- 走行距離 1万9400km
- 修理費 193万9966円
- 評価損 19万3996円
⑲東京地判令和3年11月30日判例集未掲載
- 車種 国産高級車
- 損傷箇所 不明
- 登録後 4月
- 走行距離 不明
- 修理費 63万0713円
- 評価損 6万3071円
⑳名古屋地判令和4年3月25日2022WLJPCA03258051
㉑東京地判令和4年7月6日2022WLJPCA07068010
- 車種 ホンダフリードプラス
- 損傷箇所 左フロントバンパー・左ヘッドライト・左フロントフェンダーパネルに損傷、左フロントバルクヘッド部への押込み、左フロントピラーに損傷、左フロントドアミラーが破損し脱落
- 登録後 16日
- 走行距離 235km
- 修理費 40万5410円
- 評価損 4万0541円
修理費の5%以下を認めた裁判例
㉒東京地判令和元年9月20日判例集未掲載
- 車種 ベンツS550L
- 損傷箇所 左側面リアバンパーからリアフェンダー付近に顕著な擦過痕、左リアドアまで擦過痕
- 登録後 3年
- 走行距離 5万6404km
- 修理費 389万5614円
- 評価損 12万円(修理費の3%)
㉓大阪地判令和2年3月10日交民53巻2号364頁
- 車種 国産軽自動車
- 損傷箇所 フロントホイールハウスロワメンバ、フロントホイールハウスバックプレート、バンパー、右フロントヘッドライト
- 登録後 4月
- 走行距離 不明
- 修理費 47万円
- 評価損 2万3500円(修理費の5%)
取引上の評価損を認めなかった裁判例
㉕東京地判令和元年6月12日交民52巻3号702頁
- 車種 軽自動車
- 損傷箇所 リアアームコンプリート・ハンドルレバー・ボディフロントロワー等の破損
- 登録後 不明
- 走行距離 不明
- 修理費 38万9511円
- 評価損 0円
㉖名古屋地判令和元年10月17日判例集未掲載
㉗大阪地判令和2年1月30日判例集未掲載
- 車種 国産軽自動車
- 損傷箇所 フロントパンパ・左ヘッドランプの押込み、左ヘッドランプ・左フロントフェンダ・ロアグリルの擦過傷、左フロントダンパハウジングの曲損等
- 登録後 5月
- 走行距離 2163km
- 修理費 26万4600円
- 評価損 0円
㉘さいたま地判令和2年2月26日自保2074号102頁
- 車種 不明
- 損傷箇所 バンパー等に擦過痕等
- 登録後 10年
- 走行距離 10万km
- 修理費 49万2704円
- 評価損 0円
㉚大阪地判令和2年8月25日交民53巻4号995頁
- 車種 ポルシェ
- 損傷箇所 後部バンパー押込み変形、マフラー直撃入力
- 登録後 5年2月
- 走行距離 2万4400km
- 修理費 40万6080円
- 評価損 0円
㉜東京地判令和3年3月17日判例集未掲載
- 車種 キャラバン
- 損傷箇所 フロントバンパー取替え、左フロントドアパネルの板金、塗装等
- 登録後 7年5月
- 走行距離 9万km
- 修理費 17万6165円
- 評価損 0円
㉝東京地判令和3年3月22日自保2100号175頁
- 車種 ベントレー
- 損傷箇所 左後輪タイヤ・タイヤフレーム
- 登録後 10年7月
- 走行距離 不明
- 修理費 62万4240円
- 評価損 0円
㉞東京地判令和3年3月24日判例集未掲載
- 車種 不明
- 損傷箇所 不明
- 登録後 11年6月
- 走行距離 5万6000km
- 修理費 58万4096円
- 評価損 0円
㊱東京地判令和3年4月16日判例集未掲載
- 車種 ベンツ
- 損傷箇所 リヤバンパーフェースとロアカバーの分離、ブラケットの変形、ブラケットとリヤパネルの接合箇所の一部剥がれ
- 登録後 4年3月
- 走行距離 7万9415km
- 修理費 59万0897円
- 評価損 0円
㊲東京地判令和4年1月27日2022WLJPCA01278020
- 車種 アウディA6アバント
- 損傷箇所 左ドアミラー前面の前方からの衝突痕及び左フロントドア中央部の前方からの擦過痕
- 登録後 5年
- 走行距離 13万km
- 修理費 112万3405円
- 評価損 0円
㊳東京地判令和4年3月4日2022WLJPCA03048009
- 車種 BMW
- 損傷箇所 左ヘッドライト付近,フロントバンパー左前側にかけて凹損等
- 登録後 5年8月
- 走行距離 5万3756km
- 修理費 61万1820円
- 評価損 0円
㊴名古屋地判令和4年3月30日2022WLJPCA03308026
- 車種 自家用普通乗用自動車
- 損傷箇所 各種ピラーの折損等
- 登録後 2年8月
- 走行距離 5万1659km
- 修理費 102万1269円
- 評価損 0円
㊵名古屋地判令和4年6月3日2022WLJPCA06038001
- 車種 ダイハツ ムーヴ
- 損傷箇所 不明
- 登録後 1年9月
- 走行距離 3万3420km
- 修理費 22万4000円
- 評価損 0円
㊶東京地判令和4年7月22日2022WLJPCA07228004
- 車種 国産SUV車
- 損傷箇所 不明
- 登録後 7月
- 走行距離 8665km
- 修理費 65万5074円
- 評価損 0円
㊷名古屋地判令和4年8月9日2022WLJPCA08098003
- 車種 レクサスIS 2500IS300h
- 損傷箇所 左ロッカアウタパネル等の内板・骨格部位に損傷が生じているものの、板金修理に留まり取替修理まではされていない
- 登録後 6年9月
- 走行距離 6万9500km
- 修理費 114万3340円
- 評価損 0円
㊸大阪地判令和4年9月13日2022WLJPCA09138001
- 車種 不明
- 損傷箇所 リアバンパーの凹み等
- 登録後 不明
- 走行距離 不明
- 修理費 75万3394円
- 評価損 0円
若干の考察
前掲の赤い本講演録では、評価損を認めた裁判例における算定方法を、
- 事故時のあるべき時価から修理後の価値を控除したもの
- 事故後の車両価格の何パーセントとするもの
- 修理費の何パーセントとするもの
- 修理費の何パーセントと事故前の時価から修理費を控除した額との低い方の額をもって評価損とするもの
- 諸要素を斟酌し金額で示すもの
の5パターンに整理されたうえで、上記3の修理費の何パーセントとするものが裁判例の趨勢であるとしていました*1。これに対して、令和に入ってからの裁判例で取引上の評価損を認めるものの大多数は、上記3の修理費の何パーセントとして認定しており、従来の認定傾向をより強めてきたものといえます。
また、前掲の赤い本講演録では、「初度登録から1月程度の事故による損傷についても修理の20パーセントとするものもあるなど、運用が硬直化している傾向にあるので、初度登録から間もない事故については、対修理費のパーセントも50パーセントを超える認定をすべきだと思います。」との指摘がありましたが*2、令和に入ってからの裁判例においても上記裁判例③のように初度登録から1月程度の事故であっても30パーセントの認定にとどまっており、取引上の評価損の認定傾向の硬直化は解消されていないように思われます。
以上のように、取引上の評価損に関する裁判例の傾向は、従前から特段目立った変更はないように思われ、引き続き、初度登録からの期間、走行距離、損傷の部位、車種等を考慮して損害の有無を把握する必要があると思われます。
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