今回からは,旅行業法の柱の一つである登録制度について見ていくことになります。
登録制度の概要
○旅行業法(登録)第三条 旅行業又は旅行業者代理業を営もうとする者は、観光庁長官の行う登録を受けなければならない。
短い条文ですが,ここに書かれているように,旅行業や旅行業者代理業を営むためには,観光庁長官が行う登録を受ける必要があります。
「登録」とは,一定の法律事実又は法律関係を行政庁等に備える公簿に記載することをいいます*1。
登録をするにあたっては一定の要件があり(法6条。詳細は法6条の記事を参照。),この要件をもって登録をしようとする業者をふるいにかけ,クリアした者に限って営業を許可することとし,登録簿に記載して営業を許可した事実を公にすることとされています*2。
登録制度の法的性質
登録簿に登録をする行為は,行政庁の処分として行われるものですが,行政庁の行為には必ずと言っていいほど,その行為に裁量が認められるか否かという問題がついてきます。
伝統的な学説では,行政行為について,その要件及び内容につき法令が一義的に定める覊束行為と,法令が行政庁の判断に委ねる部分を認める裁量行為とに二分した上で,後者をさらに法規裁量(覊束裁量)行為と自由裁量(便宜裁量)行為に区分していました。このような区分をするのは,裁判所の審査対象をどこまで及ぼしてよいかという議論に絡み,覊束行為と法規裁量(覊束裁量)行為については裁判所の審査対象とするが,自由裁量(便宜裁量)行為については裁判所の審査対象外とするものと考えられていました*3。
この区分を前提に考えると,旅行業法上の登録制度は,法6条で登録の拒否事由が列挙されており,これらに該当する場合のほかは登録簿に登録しなければならない仕組みになっています。そうすると,要件検討にあたっては行政庁の判断が介在する一方,要件に該当する場合の効果として登録をすること自体には行政庁の裁量は認められないことになります。したがって,旅行業法上の登録は,法規裁量行為であると考えられます*4。
もっとも,現在の行政法理論では,上記のように行政庁の裁量を3つに区分して裁判所の審査対象を画定する方法をとらず,自由裁量行為であっても,裁量権の逸脱・濫用がある場合にはこれを裁判所が取り消すことができる(行政事件訴訟法30条参照)とされています。したがって,旅行業法上の登録が法規裁量行為であることをもって,裁判所の審査対象となるか否かが決定されるわけではありませんが,裁判所の審査密度を決定する上では,なお意味をもつものと思われます。
登録制度の合憲性
登録制度を採用することは,すなわち,登録を受けることができなければ旅行業や旅行業者代理業を営むことができないことを意味します。そうすると,本来であれば自由に選択できるはずの職業に一定のハードルが設けられることになるため,職業選択の自由(憲法22条1項)に抵触する可能性が出てきます。
職業選択の自由については,条文にもあるように「公共の福祉に反しない限り」において,その自由を享有することができるにとどまります。そのため,公共の福祉の要請に基づいて,その自由に制限が加えられることは当然予定されているといえます。そして,個々人が自由に経済活動を行う結果,諸々の弊害が生じ,それが社会公共の安全と秩序の維持の見地から看過することができないような場合には,そのような弊害を除去ないし緩和するために必要かつ合理的な規制を行う必要があります*5。
旅行業法の制定経緯については,第2回の記事で触れましたが,元々悪徳業者が蔓延っており旅行者の利益が害されていたため,そのような業者を排除するべく旅行あっ旋業法を制定し,登録制度を導入したという背景がありました。旅行業法やその登録制度は,そのような旅行者の利益を保護する観点から制定された旅行あっ旋業法を引き継いだものであり,悪徳業者を放置することによる弊害を除去するために必要かつ合理的な規制であるといえます。そうすると,旅行業法が旅行業や旅行業者代理業について登録制度を実施していることは,憲法22条1項には違反しないということになります*6。
登録制度の適用範囲
法3条によって登録制度の規制を受ける業種は「旅行業」と「旅行業者代理業」の2つです。
「旅行業」と「旅行業者代理業」の定義は,それぞれ,法2条1項,2項に規定があります(この点についての記事は,第3回,第4回を参照してください。)。いずれかに当たる事業を行うにあたっては,観光庁長官の行う登録を受ける必要があります。
この点,旅行業法の前身である旅行あつ旋業法では,鉄道や自動車運送事業等の免許を受けた者が自社の運送に付随して旅行サービスを提供する場合は,登録を受けることなく行うことができるものとされていました。しかし,消費者である旅行者の保護の観点からは,このような場合であっても,不適格な業者を排除すべき要請は働くため,現行の旅行業法では,そのような例外規定は設けていません。したがって,鉄道会社やバス会社が自社の運送に付随する旅行サービスを提供する場合であっても,旅行業の登録が必要になります*7。
(参照条文)旅行あつ旋業法(登録)第三條 一般旅行あつ旋業又は邦人旅行あつ旋業を営もうとする者は、運輸大臣の行う登録を受けなければならない。但し、鉄道、軌道、索道若しくは無軌條電車による運輸事業、旅客を運送する一般自動車運送事業、定期航路事業又は航空事業の免許又は特許を受けた者が日本人を対象として前條第一項第二号の行為を行う事業を営む場合は、この限りでない。※「前條第一項第二号の行為」は,「自己の経営する運送機関による日本人又は外国人の運送(これと関連して行う他人の経営する運送機関による運送を含む。)に付随して、対価を得て、宿泊その他の旅行に関するサービスを提供すること」とされていました。
法3条違反の効果
既に述べたように,旅行業法に登録制度が導入されているのは,消費者である旅行者を保護するためです。しかし,登録制度が名ばかりのものになって,登録を受けていない旅行業者が現れてしまっては,法の目的は達成できなくなってしまいます。そこで,登録制度の実効性を担保するために,旅行業法には罰則規定が設けられています。
すなわち,無登録のまま旅行業を営んだ者には,1年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金,又はその両方を科すこととされています(法74条1号)。ここでいう無登録営業は,全く登録を受けずに旅行業を営んでいた場合はもちろん,業務の範囲(詳しくは次回の記事を参照)の別を超えて旅行業を営んだ場合も含まれます(旅行業法施行要領第二.1.1))。したがって,第2種の範囲でしか登録を受けていない旅行業者が,海外旅行となる募集型企画旅行を実施した場合には,上記の罰則の適用を受けることになります。なお,無登録で旅行業者代理業を営んだ場合は,74条1号には該当しませんので,それだけでは罰せられません。
また,不正の手段によって旅行業・旅行業者代理業の登録を受けた者も,1年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金,又はその両方を科すこととされています(法74条2号)。
さらに,いずれの場合についても両罰規定が設けられています(法82条)。両罰規定とは,従業員の違反行為について,当該行為者本人を処罰するとともに,その業務主である法人・自然人をも処罰する規定です*8。これは,違反行為に対し,事業主として当該行為者らの選任・監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽くさなかった過失の存在を推定する規定と説明されており,事業主において当該注意を尽くしたことの証明がなされない限り,事業主もまた刑責を免れないこととなります*9。
○旅行業法第七十四条 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。一 第三条の規定に違反して旅行業を営んだ者二 不正の手段により第三条の登録、第六条の三第一項の有効期間の更新の登録又は第六条の四第一項の変更登録を受けた者三~八 (略)第八十二条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者がその法人又は人の業務に関し第七十四条又は第七十六条から第七十九条までの違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対しても、各本条の罰金刑を科する。
第5回のまとめ
今回は,登録制度の本質的部分について概観しました。登録制度の中身である手続の部分については次回以降に解説します。
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